
タイ本土より東に約80km、サムイ島(コサムイ)はアントン諸島の中にあります。 フェリーか飛行機でこの島に下り立ったその瞬間から、この島に魅了されるでしょう。空港は世界でも有数の美しさですし、 年間を通じて咲き乱れる美しい熱帯の花々も目を楽しませてくれるでしょう。フェリーで島に到着されたならパームツリーが生い茂る海岸や、趣のある村の光景をお楽しみいただけます。
この島の住民は、ほとんどが仏教徒のタイ人で、とてもフレンドリーです。近年になって、観光開発が進むまでは、ココナッツ農園と漁業が主な収入源でした。どちらも以前ほどではないものの現在も営まれており、ココナッツの良い香りが島のあちこちから漂ってきます。
島で規模が大きく人気の高いビーチは、チャウエンビーチ、ラマイビーチ、メナムビーチです。バンガローやリゾートが点在しているものの、ビーチが長いので、込み合っている感じはしません。ナティエン・ビーチ、トンサイ・ベイ、タリンガムなど、より静かなビーチもたくさんあります。
ビーチやマリンスポーツの他にも数々のエンターテイメントがあります。ボートに乗って出かけたり、滝やスネーク・ショーを楽しんだり、寺院や即身仏、奇妙な岩を見に訪れたり、誰もが満足できる島です。チャウエンでは、最高のナイトライフとショッピングが楽しめます。
サムイ島(コサムイ)のベスト・シーズンは乾季の2月から6月下旬です。3月ごろから10月までは、気温が35℃に達する日が続きます。11月から2月までは雨季で、この時期の気温は25℃ぐらいです。時々あちこちで、にわか雨があるものの、十分にビーチを楽しむことができます。7月から10月にかけては、時おり雨が降ったり止んだりしますが、太陽が顔を出した時には気持ちが良いし、虹のかかることも多いです。9月、10月は人が少なく、料金も下がるのが魅力です。
漁師たちがこの地に定住を始めたのは、今から約1500年前ですが、わずか500年前の中国の記録によって、初めてその存在が明らかにされています。サムイ島沿岸の古い難破船の中に、中国の陶磁器が見つかっており、中国とサムイ島の関係は西暦1500年までさかのぼるとされています。
おそらく、この島の歴史上一番劇的な出来事といえば、第二次世界大戦中、短い間ですが、日本の占領下にあったということでしょう。
長年にわたりサムイ島(コサムイ)の人々は、ココナッツ農園と漁業による収入のみに頼ってきました。これらと交換に、本土よりその他の製品が、サムイ島ならびに近隣地区へ運ばれてきたのです。毎月、バンコクからの船がココナッツの集荷に訪れました。埠頭や中心となる町がなかったので、バンコクからの船は、漁船が品物を運び渡す間、島の周りを回っていました。
ココナッツの収穫には、昔も今もサルが重要な役割を担っています。訓練されたサルたちは、ココナッツの木に登り、飼い主の掛け声でその実を下に投げ落とします。自然の中でも見られるサルのココナッツ採りは観光客にも人気で、島のあちらこちらでショーが行われています。バイクやトラックの後部に乗り、ココナッツを探しに行くかわいらしい姿をよく見かけます。

バッファローも生活に欠かせない動物でした。荷物を運ばせたり、食肉用として利用したり、島の伝統的生活の中の大事な生き物で、祝い事には必ず使われていました。そのうち、闘牛が伝統的なスポーツとされるようになり、今日ではサムイ島のユニークな観光スポットとなっています。闘牛と言っても残虐なものではなく、どちらかのバッファローが後退した時点で残った方の勝利となります。

道路が敷設される以前、島内の移動は難しく、村から村への交通手段としてボートが多く使われてきたため、村の多くは海岸沿いにできました。年を重ね、村が大きくなるに連れて、村と村の間は狭まりました。人々は、村を越えて結婚するようになり、島は成長を始めたのです。

大きな開発が始まったのは1950年ごろのことです。各村には寺があり、隣接する村の僧侶たちの勧めで、島内の地域を結ぶ未舗装の道路の敷設が始まりましたが、これにはかなりの時間がかかりました。ナ・トンが中心の村となり、唯一ここから本土への船が運航されていました。需要が高まり、ナ・トンからの道路はラマイ、そしてチャウエンへと伸びていったのです。島を一周する道路ができたのは、1990年代の初めになってのことでした。
サムイ島に初めて外国人が訪れたのは1972年で、ココナッツの貿易船に乗ったピース・コープのボランティアでした。
知る人も少ない素朴な島であったサムイ島は、現在タイの代表的リゾート地の一つとなっています。西海岸にあるプーケットと人気を二分していますが、二つの島は気候が逆になっているため、観光客の取り合いになる心配はありません。































