パハン州は東海岸から中央を南北に走る山脈にかけて広がるマレー半島最大の州です。東海岸沿いにはクアンタン周辺にビーチリゾートがあり、山岳部には州境沿いに、キャメロン・ハイランド、ゲンティン・ハイランドといった高原リゾート、先史時代のジャングルが残るタマンネガラ国立公園など、人気の観光地がたくさんあります。
マレーシアでも比較的開放的なこの地方を訪れる冒険好きな旅行者達は、長く続く砂浜、沖合いの島々、植民地時代の高原の避暑地そして探検にぴったりの手付かずのジャングルなどを目指してやってきます。アウトドアアクティビティがパハンでのハイライトの大半を占めますが、くつろいだ雰囲気の州都、クアンタンでは文化的なアクティビティや都会の生活を味わうこともできます。

マレー、中国、インドそしてわずかですが土着の文化が様々に混ざり合い、パハンは驚くほど色鮮やかな観光地となっています。それぞれのグループの人々が自分たちの個性や習慣を持ちつつ、全てが穏やかに共存しており、旅行者を温かく迎えてくれる心地よい雰囲気を作り出しています。パハンではマレーシアの豊かに織り成された文化が輝いていて、それは英国植民地時代の高原の避暑地であるキャメロンハイランドでさえ感じられ、独特の趣を醸し出しています。

パハンの大きな魅力のひとつは、印象的なタマン・ネガラ国立公園で、半島にあるマレーシアで最も人気のある国立保護森林です。旅行者がタマン・ネガラでできるアドベンチャーには、トレッキング、リバーラフティング、ロッククライミングやその他興味をそそられるアクティビティがたくさんあります。地元のガイドに付き添ってもらい、この公園を見て回ることができます。
グヌン・タハン山は半島で最も高い山で、究極の冒険を求め登山やトレッキングをする人達を惹きつけます。パハンのもうひとつの見所としては素朴な南の島、ティオマン島に近いことがあげられます。おそらく東南アジアで最も美しくそして過小評価されている島のひとつと言えるでしょう。パハンの東海岸にはいくつもの白砂のビーチが続いており、南シナ海へ簡単にアクセスでき、あらゆるウオータースポーツが楽しめます。
パハンの都会生活の中心となるのは、くつろいだ熱帯特有の雰囲気を持つ小さな街、州都クアンタンです。クアラルンプールやその他いくつかの観光地となっている地方からはクアンタンまで飛行機で来ることができ、周りに散らばっている州からはバスやレンタカーで来ることができます。
パハンは人の居住の歴史が長く、中石器時代まで遡ります。当時地元の狩をする人々の集まりだった部族はこの地域の洞穴や山に住んでいました。これらの部落は数千年に渡って大きくなってゆき、Semangと呼ばれるアボリジニ部族を形成しました。彼らの祖先は、今日もパハンのへんぴな山々に住んでいます。
1400年に半島の勢力を誇る街マラッカが作られるずっと前に、この地域はTembeling 川沿いで金やスズが豊富に取れることでよく知られていました。8世紀と9世紀のその全盛期に、パハン州はマレー半島の南半分全てを海上交易国であるシュリーヴィジャヤ王国に治められていました。紀元後1000年にこの王国が崩壊したとき、シャム人が最初に移り住んできて、この土地の権利を主張し、その後1400年代末期のマラッカでの蜂起までの間パハンを支配しました。
この地域の植民地化は、1511年に初めてヨーロッパ人がやってきたときから続いていました。このときマラッカはポルトガル人により占領されました。東南アジアのこの地域に対する支配競争が激化する中、パハンは絶え間ない侵略と占領に苦しみました。ポルトガル、オランダ、アチェそしてジョホールの勢力が200年もの間互いに争い続け、ついに17世紀前半にポルトガルとアチェの影響力が衰えるまでこの争いは続きました。これによりジョホールに拠点を置いていたジョホール王国が、外国からの干渉を受けずにパハンに対する支配力を及ぼすことが可能になりました。
全ての王国がそうであるように、ジョホール王国もまた遂には崩壊し、1882年Bendahara Wan Ahmedという男が自分こそパハンのスルタンであると宣言するに至りました。やがて間も無く、イギリス人が台頭して来ました。最初は1888年にスルタンとの交流を目的にイギリス人の住民を任命しただけでしたが、すぐにイギリスの存在は当時大半の東南アジアを支配していた大英帝国主義へと移行していきました。

イギリス人は植民地占領下でマレー半島を完全に破壊した訳ではありませんでした。そのため文化が独自に発展し続け、様々な文化が程よく交じり合い、それは現在も共存しています。パハン州は1900年代、第二次世界大戦中に日本がマレーシアを占領したとき、占領により最後の憤りを経験しました。1945年に日本が敗戦した後、パハンはマレーシア連邦に加盟し、1957年マレーシアは完全な独立を手にしました。
この重要な日から、パハンはしっかりと安定した経済を享受してきました。主に農業と製造業により支えられていますが、観光業も州の重要な収入源となってきています。マレーシアは成長し続け、旅行先としても人気が出ており、未開発の山岳地帯や美しい海岸線を探検しようとやって来る観光客が増加していることからも、パハン州はその恩恵を受けようとしているのが見て取れます。
パハンは他のマレーシアの地方同様に熱帯性気候で、はっきりとした2つの季節があることにより、赤道付近の単調な気候にならずにすんでいます。モンスーン季は毎年6月頃にやってきて、この地域に短期間で激しい雨をもたらし10月まで続きます。南シナ海でのスキューバダイビングにはこの時期は理想的とは言えませんが、実際にはたいていの旅行者が思うより天気は良いでしょう。
この時季の雨はパハンに、特に内陸の高原の避暑地には、青々と茂った緑の景観をもたらします。激しい雷雨は通常すばやく通り過ぎ、そしてさわやかですが、モンスーン季の終わりには長く居座る傾向にあります。この時季は曇り空もすぐに晴れますが、湿度が夏の間で一番高くなっています。
パハンの平均気温は年を通してだいたい32度前後といったところで、高原やグヌン・タハン山をトレッキングするのでなければ寒さについて気にする必要はほとんどありません。乾季は11月から6月でおそらくパハンを訪れるのに一番良い時期でしょう。空は確実に晴れ渡り、雨はめったに降りません。海は穏やかですので、シュノーケルやダイビングの状態は大変よくなっています。
ほとんどの観光客はこの冬期間に訪れ、特に寒い国から暖かな気候を求めてやってくる人が多くみられます。いつでも混み合ってると呼ぶような状態にはなりませんが、完全に人々から隔離された状態を望むなら5月から10月がお勧めです。































