ジョドプールは、以前は帝国の首都であり、現在ではラージャスターン州で2番目に大きな町です。ある時代にマーワー州の首都で重要な交易の中心地でもあったのは、タハール砂漠のまさに入り口に位置しているからです。15世紀中ごろにラトール氏族の長であるラオ・ジョーダにより作られ、10キロメートル以上も続く城壁は高く、今なお町は守られているのですが、異なる場所に入り口が8つあるため便利なのです。
町の特徴は優雅に作られた場所が多いことと、強固に作られた城砦、様々な神々に敬意を払って細部まで凝った寺院があちこちにあり、史実に基づく雄大さを今なお有していることです。明るく、色彩豊かな衣装から地元ハンディクラフト、それに音楽とダンスで表現する民族文化までの様々な面によって、ジョドプールの町はロマンティックな趣になっています。町も砂漠地域の社会も、もともと心地よく、観光客を暖かくもてなしてくれます。
毎年行われる有名なマルワール祭りは祝いの熱気に包まれており、たくさんの観光客が訪れます。街のバザールも多くの買い物客を魅了し、骨董品、カーペット、刺繍入りの靴、手染めの布、漆器、人形、豪華な銀の装飾品など多彩な品揃えです。

ジョドプールの初期の歴史は常にRathore一族と深く関係があります。もともとは一族のリーダーRao Jodhaに遡り、彼は1459年ジョドプールの発見者として功績を称えられています。アフガニスタン人によって故郷から追われて、Rathores一族はKaunajから現在のジョドプールのある場所、Paliに逃れました。Rathore Siahajiが地元の王子の姉妹の一人と結婚したおかげで、この地に一族は根を下ろすことが出来ました。後に、一族はすぐ近くにある重要な拠点マンドールの統治者であるPratiharas一族を追放しまし。しかし、より強固な守りのある場所に移る必要があったため、Rao Jodhaがジョドプール(またの名を「太陽の街」)を定住の地に選びました。

アウラングゼーブに対しては例外的に、Rathores一族はムガル帝国と友好的な関係を保持しました。実際、マハラジャであったJaswant Singhはムガルの皇位継承争いの際には、Shahjahanを支持しました。アウラングゼーブの死後、マハラジャのAjit Singhはムガル人達をAjmerから追い出し、その土地をマルワール(当時ジョドプールはこう呼ばれていました。)に併合しました。マハラジャUmed Singhの統治時代にジョドプールは繁栄し、近代都市になりました。
ジョドプールは、イギリス領インド帝国の時代までに、面積ではラージプーターナーで最大の州になっていました。その後も繁栄を続け、その時代には商人になっていた、マルワール族もまた繁栄しました。インドが1947年に独立をすると、この州はインド連邦に加盟し、ラジャスタン州の広域にわたる面積を占め、ジョドプールは2番目に大きな街になりました。
ジョドプールは「太陽の街」として知られており、その名の通り、太陽が年中強烈に照り付けます。砂漠の端にあり、北部インドではここは、タール砂漠の奥に位置する集落は別として、最も乾燥する場所のひとつです。
夏は4月から7月です。まず非常に乾燥して夏は始まり、大抵はいつも暑く、日中の気温は平均摂氏42度くらいになります。夏の月には最高47度にまであがり、35度以下になることは稀です。夜は少し涼しく、それでも夜眠れるくらいに快適で、4月から7月の間はなんとか過ごすことが出来るでしょう。ジョドプールでは夏が終わると雨が降ります。7月と8月は一度の降雨量はかなりのもので、この地域のため池を一杯にするほどです。
冬は、正反対に夜は寒く、摂氏1度になることも珍しくありません。昼間はより過ごしやすく摂氏20-24度になります。最もよい季節は10月から3月で、雨季の後で暑い夏の前という気候が一番良い時季です。































