
コーチンは英語スペルでKOCHIとも使われ、ケ―ケラ州にあり、インドで最も重要な港の1つです。アラビア海からの潮の流れとケララ州からの複雑な流れの返し波の眺めは素晴らしく、圧巻する最高の撮影場所で、その為多くの人が訪れます。コーチンの建物はインド式とヨーロッパ式の建築様式が混合し、インドでも稀な新しい発想の構造様式が基盤となっています。コーチンには様々な国の都市と比べて際立って強度で広い湾があり、そのため港は上手く守られインドの西海岸の重要な貿易港の役割を果たしていました。
コーチンには独特の強烈な多文化があります。それは、多数のインド民族グループやキリスト教、ヒンズー教、仏教、イスラム教、シク教など様々な宗派に分かれた住民が長年に渡って共同生活を続けている環境からうまれました。長年にわたって異文化交流が正しく融和されているているのは、様々な宗派に分かれている住民がお互いの伝統文化を認め、理解することで、洗練され現代社会の中でも上手く共存できるようになりました。
街全体にみられる建物は植民地時代、ポルトガル、イギリス、オランダにより統治されていたことの証です。市ではスポーツ、とりわけクリケットとサッカーが盛んで、メインスタジアムもインド全土で最も大きいものの一つです。

今日のコーチンの観光施設は、一流のホテルから経済的な宿泊施設まで様々な選択肢が用意されています。周辺の小旅行、アトラクション、文化イベントなどは豊富に用意されており、加えて素晴らしいビーチと景観のよい自然がありますので、コーチンは全ての人が楽しめる場所でしょう。

コーチンの名前の確かな由来はわかっていません。マラヤーラム語の「小さな海」を意味する「Cochazhi」の変形だという人もいます。また中国人によって彼らの出身地にちなんで名付けられたという人もいます。単純に「港」を意味する「Kaci」の派生形だという人もいます。
名前がいつどこからきたかのかには関わりなく、街自体は何世紀もの間、非常に重要な貿易港でありました。1340年にKodugallurの主要港がペリヤール川の洪水により大打撃を受けたあと、コーチンは重要な港となりました。
自然の力により大きな交代がおこり、素晴らしい港が作られ、現在までも街の主な特徴となっており貿易の中心となっています。初期のころは、カルダモン、ペッパー、シナモン、クローブといったスパイスの貿易が盛んでした。
世界中からの旅行者はコーチンの発展を重要な街、世界中の国とのインドの重要な接点の一つと考えるでしょう。中国、アラブ、英国、オランダ、ポルトガルの影響は街の発展に重要な役割を担い、現在では観光と商業の活気に満ちた中心地となっています。
コーチンはインドで最初のヨーロッパの砦で、ヨーロッパの国に植民地化された最初の市です。このポルトガルによる植民地化により市は非常に繁栄し、今日の街が持つ国際的な雰囲気に、大きな役割を果たしてきました。
ポルトガルによって建てられた荘厳な砦は、1800年代初頭にイギリスがインドを支配したときに攻撃を受けました。その後のイギリスの統治下でも、発展は続き、代表的なのは港とウィリンドン島の建設においてです。今日、南部海軍基地の統括本部があり、コーチン港空港、商業的な施設、豊富なホテルの数々、レジャー施設などがあります。
1947年、インドはイギリスから独立しました。約10年後、コーチン、マラバール、トラバンコールからなるケララ州が形成されました。今日ムンバイ(ボンベイ)の次に最も重要な港となっており、南インドの最も活気のある貿易、商業、観光の中心地となっています。

コーチンを訪れる最もよい時季は11月から3月です。6月、7月、8月には南西のモンスーンが激しい雨を運んで来て、9月から12月には北東のモンスーンが比較的弱い雨を運んできます。夏には最高気温が摂氏35度になり、冬にはより涼しい気候で、昼間、照りつける太陽で疲労することなく外出することが出来ます。この間は、気温は30度前後で、大抵は30度以下になることが多いです。































