
チェンナイはインドにある多くの都市と違い、興味深い歴史的な観光地がほとんどなく古代からある町ではありません。一つ知られている有名な事と言えばマドラスがタミル・ナードゥ(州)のかつての州都で政治や商業など独自の方法で発展させていきました。350年の歴史はイギリスの城砦、コロニアル式旧市街、タミルの独特な文化が組み合わさった壮大なRaj-era建築が物語っております。
ポルトガル教会、イギリス植民地時代の面影、ヒンズー寺院、世界で二番目に長いビーチなどが興味深く混在しています。ムンバイやデリーとは違い、チェンナイはナイトライフシーンはありませんが、好景気で開発真っ最中のインドではこのような伝統的な面影を保存するのは本当に困難になってきました。
チェンナイはインドの最も素晴らしい観光地の二つを回る拠点として最適です。「何千もの寺院がある街」カーンチプラムは簡単に日帰りで行って来れ、本当に目を見張るような素晴らし景色です。もっと有名なのはユネスコの世界遺産登録されているマハーバリプラムで、南に2時間行ったところにあり、ほぼ間違いなく南インドの最も人気のある歴史的な観光地でしょう。
タミルの映画産業はムンバイのボリウッドに匹敵します。チェンナイでは、繁栄する映画産業は近隣の最も多く映画が撮影されている都市にちなんでコリウッド(Kollywood)という異名をとっています。ヴィジュアルアーツ好きは、街が伝統的なダンスショーに非常にこだわりを持っているというのに反映されており、12月の5週間にわたる音楽祭でクライマックスを迎えます。しかし一年のどの時期でも、この地域のもっとも上手なダンサーたちを見ることができます。
滞在中には、個性的なタミル料理も堪能してください。この商業の交易地にいることの利点の一つは、タミル地方中から人が集まるので、様々な料理も一緒に持ち込まれており、インドの最も素晴らしいレストラン街の一つとなっています。チェンナイには目を見張るような建築物はそれほどたくさんはありませんが本当の地元の日々の暮らしというものに関するかぎり、チェンナイは最適です。
1世紀のはじめころ、チェンナイは経済と政治の重要な中心地でしたが、順に南インドの王国パッラヴァ朝、チョーラ朝、パーンディヤ朝、そして最後にヴィジャヤナガル朝の諸王朝に統治されていました。ポルトガル人がこの地に来て、貿易の港を作ったときから1522年に全てが変貌しました。オランダ人が次にやってきたヨーロッパ植民地勢力でこの地への支配力を発揮し、1612年プリカットの近くに拠点を建てました。

1639年8月22日、近代チェンナイが生まれました。この日にイギリスの東インド会社はチャンドラギリのラジャから海岸のほんの少しを与えられました。すでに小さな漁村マドラスパトナムという村が、領地の中にありましたが、セントジョージ要塞をそこに建設し、その後すぐに植民地のジョージタウンへと発展していきました。

18世紀と19世紀を通して、イギリスとフランスはインドをめぐって植民地争いを繰り広げていました。チェンナイの繁栄と衰退は、両者の政治的情勢によって左右されましたが、19世紀中ごろには、イギリスがインドを安定的に支配するようになりました。当時マドラスとして知られていたチェンナイは、大英帝国植民地インドの四つの地域のうちの一つとなりました。
イギリスの植民地支配下で、チェンナイは重要な都市としてまた海軍基地として発展しました。列車が19世紀後半に敷設されたころ、チェンナイはボンベイやカルカッタというインドのその他の主要都市とつながりました。これを期にチェンナイはさらなる経済発展を遂げ、それは1947年の独立時期を通して続いていきました。
チェンナイはそのころ、現在のタミルナドゥ州の州都になりましたが、まだマドラスとよばれていました。1977年に政府はチェンナイと改名しました。2004年にはインド洋沖地震による津波がチェンナイ周辺の海岸を猛撃し、この地域は大打撃を受け、海岸線沿いの地形は永久的に変わってしまいました。
チェンナイで雨は本当に厄介な存在ですが、二度の雨季のせいで、一年のうち半年は街は強い降雨に見舞われています。蒸し暑いモンスーンの時季は6月から8月まで続き、北東からのモンスーンは9月から12月まで続きます。この時期年平均50センチメートルの降雨量があります。

その他チェンナイを訪れるのを避けたほうがいい時期は5月~6月初旬です。この時季には地元では、「Fire Star」として知られています。夏の平均気温は平均40度ですが、チェンナイの最も過ごしやすい時季は12月~3月ですの冬です。1月は夜間は20度でこの地域の蒸し暑い気候から逃れてほっとできる時季です。































