
マハラシュトラ州、ムンバイの東にあるアウランガバードは、観光客が隣接する非常に大きな町を選び、あまりにも頻繁に忘れられてしまっている町です。しかし、インド人にとっては非常に有名で、訪れる回数の多い土地です。ダウラタバードのように歴史的なアトラクションとアジャンタやエローラ石窟群のような自然に形成された名所とが混在しているので、アウランガバードは、ムンバイから込むことなく楽しむことができるインド中央都市なのです。
観光業が町の主な収入源なのですが、現在のインド経済の急騰に先立って、永木に渡りビジネスセンターとして栄えて来ました。400年間、町は主要な交易道上にあり、その位置を最大限に活かして、主に織物の製造や販売を行ってきました。
今なお伝統が息づくアウランガバードですが、巨大生産者でもあり、多国籍企業が積極的に店舗を構えようとしています。ペプシ、シーメンス、コルゲート・パルムオリーブ社は街に工場を設立しましたし、以前は共産主義の砦だった面影をお探しなら、アウランガバードは完全に国際化の波に飲まれてしまったので、面影は微塵もないでしょう。以前は東洋圏で人気だったチェコの自動車製造業シュコダもこの地に移りました。
海抜500メートルを超えるアウランガバードは、この地区にある標高の低い町と比べて大差はないのですが、少々涼しいです。一年の半分を激しい雨に、残り半分を40度の灼熱に襲われるといった移り変わりが激しいインド特有の気候に耐え続けています。
国内一の大都市には足元にも及ばないのですが、アウランガバードは100万人以上の人口を抱え、国内線空港やインドで最も有名な山タージマハルの実物大レプリカさえもある主要都市であります。

素人目には、北部のビビカマグバラはまさに傑出した競合相手に思えますが、実際にはアウランガバードの記念碑は違い、ムガール帝国が支配した時代よりも後にできたものです。たとえタージのようでも、1600年の終わりにある女性に敬意を示して建てられたのです。この建物の場合はアザン・シャー王子の母ディルラス・バーヌー・ベーガムです。歴史学者は、ビビカはタージマハルより派手さが控えられ、おそらくアウランガバード全体に当てはまると考えています。
ここはデリーやベルナシのように、ガイドブックの中だけで楽しむようなところではありません。その代わり、控えめに見積もっても、インドの月並みな観光地から離れて少しばかり冒険したい外国人観光客にあふれる街です。
何世紀も前にアウランガバード周辺地区に人々が入植しましたが、やっと400年に巨大人口を抱える中心地として造られました。1600年代より前には、キルキとして知られ、アラビア海から数百キロの内陸中央部にある丘陵地の小さな村でした。

しかし、インドの大部分がそうであるように、想像もできないようなこと、マリク・アンバーという名のエチオピア人奴隷が原因となって運命が変わってしまったのでした。彼は軍事で優れた能力を発揮し、インド南部のデカン地方に君臨すると、キルキに注意を向けるようになり、入植を開始しました。すると1610年までには重要な街に発展しました。
この時街の名は「勝利の都」を意味するファテープルに変えられました。ここで壮絶な戦いが行われ、勝利した痕跡は今はありませんが、新しい都は経済面で成功を収めました。影響力の大きいインド中南部のデカン地方と西部アラブ海岸の間に位置するアウランガバードは、交易ルートをますます強力にできる中央部にまさにうまく配置されているのです。

1634年、マリク・アンバーに酷似し、当時のインドに大いに影響を与える運命にある人物がこの都にやって来ました。アウラングゼーブとして知られるその人は、デカン太守でした。タージマハルがあるアグラに向かうまでのわずか10年間だけ滞在し、政治家として出世したのです。1681年アウラングゼーブはこの街に戻り、アウランガバードをデカン影響圏外に対する軍事行動拠点として造り、新しいムガール皇帝になりました。こうした戦略により、帝国は1707年に彼が死去するまで南方全域まで広がりました。ゆえに、アウランガバードの名は皇帝に敬意を表して付けられ、亡骸は街のすぐ郊外、クルタバードに埋葬されました。
この時期はアウランガバードの最盛期でありましたが、今では外国投資をかなり集め、この地区の経済発展において重要な役割を担っています。
ヒマラヤ地方ではない地方にあるアウランガバードは、11月終わりから2月始めの短い冬の間に訪れるのが適しています。この時期は、太陽が一休みするので気温が時折10度以下に下がり、夜には凍えるまでになります。
2月の終わりには、街は暑くなり始め、日も長くなり、日差しも暑くなります。3月と4月は暑季が始まり、気温は平均して30度近くまで上がります。5月はたいてい一年で最も暑くなります。乾燥した暑さなので、40度近くまで気温が上がり、毎年やってくるモンスーンに先立って、焼け付く大釜ヘと変貌します。
一般的に雨は6月半ばごろに降り、気温は高く、少々湿気を帯びています。雨期は9月まで続き、毎年雨量は平均して700ミリを超えます。9月の終わりには、乾燥し、気温も徐々に下がりますが、一年でとても暑い時期がまだ続きます。通常10月には日の光も和らぎ、冬が始まるので訪れるのに適した時期になります。































