
コロンビアのことを暴力的で危険な国と決め付けるのは簡単なことですが、それは世界でも最も美しい発見されていない場所を逃すことでもあります。この南アメリカの至宝はとても大胆な旅行者を除いて全ての人から見落とされてきましたが別に勇敢である必要はないのです。コロンビアは、綺麗な熱帯のビーチや鬱蒼とした熱帯雨林から雪冠の頂を持つアンディーン山や肥沃なコーヒープランテーションまで多様で壮観な景色に恵まれています。また、時空を超えた世界遺産の都市カルタヘナや喧騒の首都ボゴダもあります。

ほとんどの訪問者は忙しい首都ボゴダに飛行機で到着することでしょう。この魅惑のコロニアル都市は探索する価値がとてもあります。ボゴダには国中のほぼ全ての文化施設と面白いナイトライフ、ショッピングそして多くの一流のレストランがあります。また、カリブ海に面する城壁に囲まれた素晴らしい港町カルタヘナを見ずしてコロンビアは語れません。古風で趣のあるパステル色の建物、堂々とした城砦、大聖堂とスペイン植民地風の建築様式は他のラテンアメリカとは比べられない雰囲気を醸し出しています。それだけではなく、カルタヘナには国で最も素晴らしいビーチとゴージャスな深水湾があります。
コロンビアではスペイン語が主言語ですが、ホテル従業員、旅行代理店やツアーガイドなど旅行関係の多くの人達は英語を話します。しかし、田舎ではスペイン語を話す能力が試されます。

ペルーやボリビアと比べるとそんなに物価は安くありませんがコロンビアではあまりお金がかかりません。食べ物はとても安くボゴダのレストランでの良質な食事でも安価です。宿泊費は良心的で公共交通機関はほとんどただみたいな料金です。コロンビア人は訪問者をもてなすことに長けており、手付かずで驚くほど多様なこの国を探索して素晴らしい経験をしてまわるのに何ら問題は無いでしょう。

コロンビアは赤道上に位置し、そのため季節の変化はありません。高温多湿の熱帯気候と区分けしがちですが気候変化は高度によりかなり違います。カリブ海沿いから国北部にかけては1年を通して平均28度の爽やかな気候ですが南部方面のボゴダ、アンデスへ登ると肌寒く平均で12度ぐらいになります。

はっきりとした季節の変化がないかわり、一年のうち明確な気候パターンがあります。降雨はコロンビアではさほど問題ではありませんが、10月から12月と4月から6月の冬季に雨量は集中し、涼しい気温になります。乾燥した夏季は12月から3月まで山間部で続き、12月中旬から4月と7月から9月まで海岸沿い低地で続きます。
コロンビアでは高度が気候の様々な違いを生む主要因です。高地は日中暖かい反面夜は冷え込みます。低地では一日中気温はだいたい高めです。コロンビアを訪ねるのに一概に悪い時期はありません。どこに行くかにより時期が決まります。

前コロンビア文化は何千年以前からこの地域に存在し、とても高度な文明を実現していました。アロンゾダオジェダは1449年ヨーロッパ人で初めてグアジラ半島に到着しました。原住民の裕福さがエルドラドの伝説に火を付け、宝探しをする者達が続々とそこに押し寄せて来ました。初めは寛大だった原住民もスペイン人が彼らを奴隷化し、土地を奪うことで崩壊しました。1533年、カルタヘナが築かれスペインが近代のコロンビアのほとんどをコントロールしました。

奴隷制と共にスペイン人による経済的文化的抑圧はついに18世紀後半原住民の反乱を引き起こしました。最初のナショナリズムのうねりが起こりましたが、1819年にベネズエラの解放者サイモンボリバーがやって来てから独立が実現しました。新しい国は2つの競合する政党、中央保守主義と自由連邦主義に分かれました。19世紀にコロンビアは50の暴動と8の内戦が発生し、1899年の壊滅的な1000日戦争で最悪の頂点になりました。

平和な時期が訪れましたが1948年再び2政党が市民戦では最も暴力的なラビオレンシア期へと陥りました。保守サイドの勝利にかかわらず、すぐに新たな脅威が台頭しました。強大な麻薬カルテルのカリとメディシンは歯向かうどんなグループも軍隊並みの殺人隊で残酷に叩き潰しました。1990年までは暴力が過酷で国自体が存亡の危機に瀕しました。

最近の政治改革で穏健な独立が見えてきました。アルバロウリベが大多数の支持で大統領になりました。大統領になるまでに断固抵抗するゲリラグループの15回もの暗殺を生き残りました。その努力は実を結び左翼ゲリラと右翼軍事組織が政治的和平へと歩み寄るようになりました。近年コロンビアの犯罪件数は劇的に低下し、この美しい国にとても必要な観光収入をもたらすための助けになりました。






























