

クイーンズランド州都ブリスベンは楽しいアクテイビテイーや見どころが満載で、非常に魅力的な都市です。この緑豊かな美しい都市は熱帯樹が町中で見られ、可愛らしいクイーンズランド式コテージやオシャレなカフェ、バー、ブテイックなども楽しめる近代都市です。イーグル・ストリート・ピアでは、とても美味しいワインや食事が気軽に楽しめるレストランが驚くほど豊富にそろっていて、リバーサイドセンターでは毎週日曜日に大規模なクラフトマーケットが開催されています。
ブリスベン中心地から郊外へはブリスベン川の橋を使います。橋を渡ると住宅地が多く、高級住宅から手頃な価格の住宅まで色々な住宅地があります。
観光者が良く利用するモーテルやB&Bホテルは大抵郊外にあります。豪華で贅沢な宿泊施設は中心地にあり、シェラトンホテルやソフィテルホテルなどあります。
ブリスベンはクイーンズランド州南東に位置し、国境は南端はゴールドコースト、北端はサンシャインコーストです。ブリスベンの正面港あるモートンベイから美しい小島に行くフェリーが頻繁に出ています。

ブリスベンを訪れた最初の開拓者は蚊が多くアシが生い茂っているブリスベン川の沼地の河口を整備することから始めました。
1824年、モートンベイに流刑植民地が設立されました。
その後、囚人によってブリスベン開発基盤となる石造りの建物ウイッカム・ テラス・オブザーバトリー・タワーやコロニアル様式の建築物が建設され、それらの建物は現在でも残っています。

1839年に流刑地植民地は廃止され、ブリスベンには自由移民が徐々に移住してきました。
やがて、1859年頃小さな植民地がクイーンズランドと合併しました。
賑わいと繁栄をもたらしていたモートン湾(現在はブリスベン)は州都になりました。
1888年までにはメイン通りだったクイーンストリートが撤去され始め、人気都市の仲間入りをする為に近代的ブリスベン都市開発が始まりました。
マッカサー将軍が指揮をとっていた太平洋戦争で日本軍に反撃して以来、第二次世界大戦になると何千人というアメリカ軍人がブリスベンに来ました。
アメリカ軍が駐屯した事でブリスベンに新しい時代の幕開けが始まり、ブリスベンは生まれ変わるかのように前に進んで急速に大きく発展していきました。そして決して後ろには振り返りませんでした。
1950年代になると多くの移民がブリスベンに移住してきて、経済成長の助けになり、そして色々な人種が住み多様な文化が混じり合う都市へと成長していきました。
ブリスベンは1982年にコモンウエルス・ゲームズの主催国を務めた際、国際都市の仲間入りをしました。
その後すぐにエキスポ88年が開催されました。今日その場所はブリスベン市民に愛されるサウス・バンク・パークランドとして市民の憩いの場所になっています。
ブリスベン市民の社交生活は現在でも町を流れる広い曲がりくねった川が中心で、美しい川べりで穏やかで充実したひと時をのんびりとしながら過ごすというスタイルが定着しています。
オーストラリアで最もフレンドリーな街、陽気な街などのブリスベンの世評は燦々と輝く太陽のもとで思いっきり楽しみたい世界中の人からの憧れの街であり、その為年中観光客が訪れています。
ブリスベンを訪れる理由としての大部分は温かいトロピカルな気候に惹かれてです。夏は蒸し暑くなりますが、冬は温度も湿度も丁度良い暖かな気候です。
12月から1月の夏期は日中最高40度くらいまで気温が上がりますが、爽やかな海風のお陰で健康状態も良好に保たれるでしょう。しかし、湿度が高い夏の間は汗対策が大きな課題です。
夏と違い冬は理想的な季節です。
小雨の時少し湿度を感じる時はありますが、雲ひとつない晴れ渡った空は外に出て何かをしたい気分にさせます。
大抵雨期は春の終わりから秋の初めまでです。(10月から3月)激しい雷雨は大抵午後からブリスベンの大部分をずぶ濡れにし、時折、強風や霰をもたらす事もあります。
しかし、これらの嵐は通常一時的なものなので、正直に言えばブリスベンを訪れる悪い時期はありません。
観光のピークは冬期で、その時期は町に沢山の人が訪れます。































